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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(オ)364号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人甲斐の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

上告人が福岡市内に開設した福岡営業所(以下「本件営業所」という。)は、道路舗装工事に関する限り、本店とは独自に請負契約を締結しこれを履行する権限を有しており、かつ、「支店に準ずる営業所」として届け出て建設業の許可を受けていたことからすると、支店としての実質を備えていたものであり、その主任者たることを示す営業所長なる名称を付した使用人の熊野正は、商法四二条一項により、本件営業所の支配人と同一の権限を有していたものとみなされるところ、右熊野の依頼に基づき本件営業所に所長代理の肩書で常駐し、主として官公庁が発注する道路舗装工事について入札事務、営業所長名義による請負契約の締結、工事代金の回収など本件営業所長の権限に属する業務に従事していた訴外桂義信が、本件営業所の取引先であり、自ら経営の実権を握つていた訴外三信舗道株式会社(以下「三信舗道」という。)の資金繰り等のため、三信舗道振出の約束手形を取引先に割り引かせて資金を作る目的のもとに、三信舗道に振り出させた本件手形に、入札参加書類等を作成するため任意の使用を任せられていた本件営業所長印等を冒用して「熊野舗道工業株式会社福岡営業所所長熊野正」名義の本件裏書を偽造したうえ、自己名義の第二裏書をした本件手形を訴外青柳建設株式会社(以下「青柳建設」という。)に割引のため交付したところ、青柳建設が更に被上告人に割引を依頼し、本件裏書が真正なものと信じた被上告人代表者は、本件手形の交付を受けるのと引換えに、割引金一八五万円を青柳建設代表者に交付した。

そして、原審は、右事実関係のもとにおいて、上告人の内部規程上は本件営業所長に手形行為の権限が与えられていなかつたとはいえ、手形の振出、裏書等の手形行為は、一般的な取引手段として、本件営業所の営業の範囲内の行為と解されるうえ、桂は、本件営業所に所長代理の肩書で常駐し本件営業所長の権限に属する業務を行つており、工事代金の回収等のための約束手形の授受をもその職務としていたものであり、本件裏書に使用された営業所長印等を桂が使用することは極めて容易な状況であつたことからすると、桂が本件営業所長印等を冒用して行つた本件裏書の偽造行為は、その行為の外形から客観的に観察すると同人の職務の範囲内の行為というべきであり、民法七一五条にいう「事業ノ執行ニ付キ」なされたものと認めるのが相当であり、被上告人において本件裏書が偽造のものであることを知らなかつたことにつき重大な過失があるとは認められないから、被上告人は、桂の使用者である上告人に対して同条に基づく損害賠償請求権を取得したものというべきであつて、仮に青柳建設代表者に右裏書が偽造のものであることにつき悪意又は重過失があつたとしても、被上告人の上告人に対する損害賠償請求権になんらの影響を及ぼすものではない、と判断しているのであつて、右判断は正当として是認することができる(最高裁昭和四四年(オ)第四〇五号同四五年二月二六日第一小法廷判決・民集二四巻二号一〇九頁参照)。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第三点について

対価を支払つて偽造手形を取得した手形所持人は、その出捐と手形偽造行為との間に相当因果関係が認められる限り、手形偽造者又は民法七一五条の規定によりその使用者に対し、その出捐額を通常の損害として、直ちに損害賠償請求権を行使することができ、右手形所持人が手形上の前者に対し手形法上遡求権を有することはなんら右損害発生の障害となるものではなく、遡求権の行使によつて手形金の支払を受けたときは、右損害賠償請求権がその限度で消滅することになるにすぎないものと解するのが相当である(前記第一小法廷判決参照)。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第四点について

差戻前の上告審判決は、被上告人において本件裏書の相手方であると主張する青柳建設が右偽造について悪意である等の差戻前の原審が確定した事実関係のもとにおいては、商法四二条若しくは四三条の適用又は民法一一〇条の類推適用による手形裏書人としての担保責任に基づく被上告人の主位的請求は棄却を免れないことが明らかであるとして、差戻前の原判決を破棄したうえ、主位的請求に対する被上告人の控訴を棄却し、差戻前の原審が審理判断していなかつた予備的請求に対する控訴について審理させるため、本件を原審に差し戻したものであつて、右差戻判決の趣旨に従い本件予備的請求について審理判断した原判決に所論の違法はない。論旨は、差戻前の上告審判決を正解せず、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂上寿夫 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島 敦)

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